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2015年9月14日 (月)

補足 以前からの疑問

老人世代と言っても良い見習い人が、住みたくない、というのは、最後は出な
くてはならない可能性が少なくないからだ。もちろん、法律的な意味では無く、
介護を受けるようになったら住み続けられない、と言う意味だ。これは、バリ
アフリーの有無というような建物の設備や構造のことではない。
 まずはなんと言っても、カネの問題。介護費用が優先になるから、介護を受
けながら、管理費や修繕積立金を払い続けられるだろうか。
 もちろん、必ず要介護になると決まっているわけではないし、なっても出る
義務はない。と言うより、出て行けるかどうかも分からない。歳をとるにつれ
て、転居と言うことは大変な負担になってゆく。転居の苦労よりは不便を忍ぶ
ほうがまだマシだろう。そうして出るに出られなくなるわけだ。もちろん、行
く先がなければ出られない。つまり、入居は簡単だが、事情があるときほど退
去は困難になるという意味になる。
 とはいえ、何が起きても住み続ける、という考え方もあるし、それは、其の
人の生き方、考え方だ。しかし、同じ建物の中にたくさんの他人が生活してい
る、という事実を忘れてはならない。他人のことまで考える余裕がなくなれば、
他人と同じ建物で生活しない方がお互いのためではないか。 
 それは、覚悟の問題、考え方の問題、気持ちの問題なのだが、最期までを考
えると、完全に安心してマンションに住むことが出来るかどうか分からない。
ならば、出る、移る、と言うことを最初から、最後、として考えておく方が良
いのではないか、と言うことだ。出る、と言う前提ならば、賃貸が良いのは言
うまでもない。金の切れ目がマンションとの縁の切れ目、である以上、マンシ
ョンでの生活には、終わりがある。
 正確には、ある年代を超えたら、最期のこと、退去までも考えておかねばな
らない、いや、ならなくなるということだ。人間は歳とともに、生活も考え方
も変わるのだが、建物は変わらないが為に食い違いとなる。劣化の補修や大規
模修繕はあるにしても建物の構造は最期まで変わらない。しかし、入居当時の
生活からは変わってゆく。もちろん、住み慣れれば、不便にも慣れてしまうも
のだが、簡単に言えば、マンションという住まいは、最期の時まで住み続けら
れるのか、誰にも分からない。そしてそれは、歳を重ねる毎に痛切になる。
 そしてそれは、どこにも明文化されていないが、そして、明文化、公言され
る可能性もないが、マンションというのは、経済的にも安定している健常者が
住むことを前提にしている住まいではないか、というのが、見習い人の、以前
からの疑問なのだ。経済的な安定と健常者あること、誰もが全う出来るわけで
はない。自分はどうなるのだろうか、である。
 だから、老人世代の見習い人は、今更、これから、マンションには住みたく
ない、住めない、ということなのだ。



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