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2015年9月21日 (月)

補足 マンションの本質

マンションが、安定した収入のある健常者を前提にしているのは、ある意味で
は当然のことだ。要するに、マンションというのは、居住者を選ぶ所なのだ。
人がマンションを選ぶのではなく、マンションが居住者を選んでいるのだ。こ
こを勘違いしてはならない。空室が増えるというのは、そのマンションの居住
者選別が厳しすぎるからという、誠に単純な話しなのだ。
 すなわち、今からマンションには住みたくない、というのは、自分を受け入
れてくれるマンションはたぶん無いだろう、ということでもある。いまさら、
其のマンションに合わせた生活は出来ない、と言うわけだ。つまり、家賃を払
う以上の義務、例えば管理組合との関わりはご免だ、である。もちろん、かな
りの数の居住者がそうであるように、分譲で購入しようと管理組合などという
ものは無視すれば良いのだが、最初から無関心の場合と、管理組合というもの
があり、何をしているかを知ってしまった後で無視すると言うのは、やはり違
う。知ってしまった以上、無視するのにも精神的負担があり、意識しての無視
になれるまでは時間がかかる。これは、管理人を経験したための不幸な?後遺
症だ。
 それはともかく、マンション生活で、決定権を持っているのは、人では無く
てマンション本体だ。これは、絶対の前提であり、永遠の真理である。
 例えば、分譲価格が五千万と言うことは、五千万用意出来ない人を排除する
ことに他ならない。不動産屋巡りや、インターネットで検索して、自分に合い
そうなマンションが見つからないのは、マンションから、あんたはお呼び出な
いよ、と言われて居ることなのだ。つまり、マンショ生活の本質は、排除であ
る。何とか住み始めたとしても、ある案件について、総会などで、三分の二の
賛成で成立した場合、それは、反対した三分の一を排除すると言うことに他な
らない。いつも誰かを排除するのが、マンション生活だ。マンションでのトラ
ブルも、本当の目的は排除、と考えると、納得行くだろう。
 もちろん、そういう露骨な表現をする人は居ないだろうが、そういう発想は、
昨今、いろいろとまかり通っているのではないか。
 それは余談としても、排除、と言う本質は覚えておくべきだろう。自分が排
除される側になったとしても、直ちに退去まで進むことは先ず無いが、しかし、
いずれは現実になるかも知れない。そして、そうなっても住み続けるという覚
悟があるなら、マンションでの自分の生活スタイルが決められる、いや、決め
ざるを得なくなる。と言うことは、改めて生活スタイルを考えるエネルギーが
ないと住めない、と言うことだ。もちろん、それは、徹底した無関心、でも良
いのであるが。



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