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2015年1月14日 (水)

195 在るべき、について

改めて言うが、在るべき管理、在るべき管理人、というのは、理論で、
理論として考えるべきことではない、と考えている。
 理論的に考えることは不可能、と言うのが当ブログの考えで、そのこと
を言う為に長々と続けてきたわけである。
 従って、当ブログの論も、全てのマンションで通用するなどと考えてい
るものではない。たぶん、通じない現場ががほとんどであろう。そして、
そういう状態は、実は、当ブログの目的であると言っても良い。それなり
にスジは通しているつもりであるが、しかし一般的には通用しない。其れ
こそが、マンション管理というものの個別性の論証になると考えるからで
ある。誤解を恐れずに言えば、当ブログへの否定は多いほど、当ブログの
正しさを証明してくれる、と考えているわけだ。
 別な言い方をすれば、在るべき管理、管理人というのは、マンションの
数だけバリエーションがあるべきだ、と言うことである。勿論、共通点も
多いかも知れないが、それはあくまで、共通点も多い、ということだけで
あって、共通点を更に推し進めようと言う視点は当ブログにはない。
 それはともかく、在るべき管理管理、在るべき管理人というのは、誰か
が決めることではなく、管理人自身が考え、決めることなのである。そし
て其れは、正しいとか、公平とかの価値判断とは別の基準である。
 したがって、そのマンションでは、長いものに巻かれるのがベスト、と
管理人自身が判断するなら其れでよい。その現場では何がベストか、であ
るし、その現場限りでも当然である。さらに、年数の経過つまり建物と居
住者の劣化により、何がベストかが変化してゆくのも当然だ。
 在るべき、というのは、判断の内容ではなく、判断主体のことである。
 判断内容は現場毎に異なるが、判断の主体が管理人自身なら、第三者が
云々したり、判断結果を問うことでは無いのである。一言で言うなら、人
から指図される筋合いはない。それだけである。
 仕事の内容は委託契約や勤務要領などで決まっているとしても、在り方
まで指示されるいわれはないし、管理会社にも指示出来る能力は無い。一
般的に言えば、赤信号の時道路を横断するのは法律違反であるが、それで
も渡る人は、法律に従うかどうかを判断しているわけで、それと同じこと
だ。
 もう一度繰り返すが、何が正しいか、ではなく、今の自分の現場では、
何がベストか、である。他の現場でも同じ、同じことをしているか否か、
を考える必要は全く無い。他との比較は、ヒマのある誰かの趣味なので在
る。管理人は評論家ではない。日々、自分の信ずるところに従って作業に
従事するのみである。



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