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2015年1月 7日 (水)

194 独りぼっちの本質

 築年数の究極の意味とは何か。
 それは、設備とは、常に時代遅れになるもの、と言うことだ。もちろ
ん、言われてみればこれも当たり前のことだ。
 マンションも、完成と同時に時間は止まってしまう。それでも、誰も
そう気がつかないのは、実は、人間とは簡単に進歩できないからだ。あ
るいは、ほとんどの人は時代の流れについて行けないから、と言うべき
か。仕事あるいは職場では、時間の流れに乗り遅れないように働き、し
かし、マンションに帰れば、止まっている時間での生活。この二重の時
間生活に慣れるまでは10年単位の時間が必要だろう。そして、慣れた
頃は、建物の劣化がそれなりの段階まで進んでおり、不具合、不便さに
眼が行くようになる。そしてそこから、管理人への注文がスタートする、
というのが一つのパターンだ。そしてそうであるなら、突然の、管理人
への無理な、契約外の注文、言いがかりの発生を防ぐことは出来ない。
  とにかく、止まった時間の中で働くのが管理人稼業なのだ。管理人稼
業に変化はない。しかし、居住者は変化してゆく。食い違いが起きなか
ったら、寧ろ不思議だろう。
 管理人は独りぼっち、の究極の意味は、管理人稼業の基準というもの
は自分の中にしかあり得ない、と言うことなのだ。築年数、立地、居住
者、全てマンション毎に違う。居住者が異なれば、マンション毎に管理
組合も異なるし、管理会社も違う。全てのマンションに共通の事項とい
うものはない、と言ってもいい。
 もちろん、いわゆる管理人に対しての世間のイメージというものはあ
る。元になっているのはテレビドラマかどうかはともかく、何となくみ
んなが共有している様で居て、イザ文字にしてみようと思うと先ず困難
である。漠然としていながらみんなが持って居る、だからこそやっかい
なのだが、曖昧なものを基準にしては管理人は勤まらなくなるだろう。
 つまり、外部を基準にして考えることは意味がない。
 例えば、管理人に期待することは、管理会社と管理組合でも違うし、
居住者とも違う。それどころか、居住者毎に異なる、と言っても良い。
そうなると、何を基準にすべきか。相手がうるさいかどうか、を基準に
するかも知れないが、重要なのは、なにを基準にするのか、ではなく、
誰が決めるのか、である。
 まあ、委託契約、勤務要領に決まっていると言う人が居るかも知れな
いが、現実は必ずしもそうでないのは、世の中の常だ。もしそれらの基
準通りなら、いわゆる管理人の仕事はもっ減る。契約上は明記されてい
ない、つまりやらなくても良いことをたくさんしているのが現実なのだ
から。



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