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2011年7月 7日 (木)

026 管理人の明日とは・・

マンション管理人という仕事の将来性はどうなのであろうか。実は、マンシ
ョン管理人という仕事の将来性、というのは、あまり論じる意味がない。それ
は、管理人の年齢と勤続年数を考えれば分かると思う。一般的な定年は65が
おおい。その後は多少形態を変えて70まで勤められる会社もある。70を超
えても元気な人は、代行要員などでまだ勤められるかもしれない。
 問題は始めた年齢で、第二、第三の仕事であれば60過ぎだろう。つまり、
ほとんどの人は勤続可能年数は10年以下だ。歳とともに体力、気力、知力の
低下は加速するから、10年でも長い。半数残っているかどうか。
 ということは、10年後、職場のマンション、あるいは管理会社はどうなっ
ているか、などということを考える意味も必要もない。その意味では、誠に気
楽な仕事だ。
 もちろん、勤務しているときに、管理会社の統廃合、合併はあり得るし、管
理組合の意向で管理契約打ち切り、と言うこともあり得る。それは、来年かも
しれない。そしてそういうときに管理人をしていた人は、運が悪かった、と言
う他は無い。もう一度言うが、文字通りの運なのである。運を論じても始まら
ないだろう。
 別の視点から見てもおなじだろう。十年後の自分の給料はどうか。今より下
がることはあっても上がることはない。身分も、単純な契約社員から1ランク
下がっているかもしれない。こういう見通しをこれ以上考えても仕方ない筈だ。
 ようするに、マンション管理人には、明日はない。しかし、そうだからこそ、
高年者にふさわしい。なぜなら、やり残す、ということがないからだ。やめる
とき、収入が無くなるという問題を別にすれば、仕事に心残りがある、マンシ
ョン管理人という仕事そのものに未練がある、という管理人はまず居ないだろ
う。いつでも辞められる、これは実は大事なことを示唆しているのだ。
 なぜなら、それは現在のマンション管理会社の考え方の本質的欠陥だからだ。
社員がいつでも未練無く辞められる、そんな業種の会社が成り立つこと自体が
おかしいと考えねばならない。つまり、単純に高年者を使うマンション管理、
はいつか曲がり角にくる。
 しかし、やはりしかしだが、そのときに、いまの管理人は全員、制限年齢を
超えてやめているだろう。すくなくとも、今管理人をしている人は、なんの心
配もない。
 くどくなるが、将来を考える意味がない、ということこそ、現在のマンショ
ン管理人のあり方の根源的欠陥であることを忘れてはならない。今の自分は良
くても後進が困る。それで良いのだろうか。

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コメント

こんにちはゴロゴロといいます、
たいへん興味深く読ませていただきました。
どんなきっかけでマンション管理について興味をもたれたか教えていただけないでしょうか?
またよらせていただきます。

コメントありがとうございます。
まだかけだしのマンション管理人、つまり、見習い人、として、素朴で初歩的な疑問をつづっているものです。

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