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2011年5月21日 (土)

020 フクシマ

 

ここまで来れば、マンション管理という業務の出発点がある程度見えてきた
と思う。事なかれ、つまり、何事も起きない、という前提で成り立っている業
務だ。もっと言えば、事故はあり得ないという前提で設計された原発と同じで
ある。原発もマンションも全く同じなのだ。何事も無いのだから、管理人も、
資格経験年齢性別問わず、で募集するのも自然なことだ。
 もちろん、経年劣化、軽微な日常的トラブル迄は否定されていない。しかし、
経年劣化も、いつどこがどうなるのかはケースバイケースでもあるから、その
時点で対応すればよいと考えられている。つまり、最初から想定して対応を決
めるほどの重要性があることではないというわけだ。兆候が見え始めてからで
間に合う、と言う先送り論は普通の考え方だと思う。別な言い方をするなら、
危機はその時になってみないとみんなには分からない。それも、一面では、真
理だ。
 なぜなら、マンション生活の毎日も、日常的なことの繰り返しだからだ。何
もないのが当たり前なのである。それは建物だけでなく、電気電話ガス水道下
水、つまり、いわゆる社会的インフラも同様とみなされている。
 また、日常的なトラブルも、軽微なんだから、そのとき臨機応変で対応すれ
ばよく、あらかじめ対応を想定する必要はないと管理会社は考えている。あら
ゆるトラブルまで想定したら、対応マニュアルが何千ページにもなり、読み切
れなくなる。第一、そこまで作るのには10年間でも時間がたりないだろう。
 とどのつまりは、そのときの担当者の能力と経験と責任の問題にすり替えら
れてしまう。しかし、これはどこでもあること、家庭内でもあることで、人間
とはそう行動する者だと言っても良いほどだ。現場仕事、現業とはそういうも
のだと言っても良い。
 そしてそれは、責任の範囲が明確でないことに基づく。責任の範囲というの
は本質的に限られている。しかし、なまじっか線引きすると、責任逃れと非難
されるから、意識的にあいまいにしておく。そしてそれは、誰も責任を取らな
くて良いいことになる。
 マンションに関して、管理人はもとより、管理会社も責任は取らない。何も
起きないのだから、責任の問題もあり得ないと言うことだ。しかし、それを契
約の前提として正面に掲げられる管理会社はないだろう。管理会社がマンショ
ンを建設したわけでもなく、補修作業も自ら行える会社ではないにも関わらず、
である。しかし、有限だからこそ、責任が取れるのだ。無限責任は無責任と言
うことに他ならない。原発は福島だけではなく、全てのマンションの中にもあ
るのだ。いま、あえてそこまで言っておきたい。本当に必要なことは、自分で
手当てしなければならないのだ。いずれ、他力本願ではマンションには住めな
くなることが分かるだろう。

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