2012年5月21日 (月)

068 鍵のゆくえ

鍵のしまい忘れ、とはどういうことか。また使う予定があるので、鍵ボック
スに戻さないときだ。ズボンのポケットに入れたまま。よくあることだ。そし
てそのズボンを洗濯に出す、或いは洗濯するために家に持ち帰る。もう、鍵は
それっきり。まあ、家での洗濯なら、奥さんが気がついてくれるかも知れない
が。
 これはその人の性格、経験、考え方にもよるだろう。したがって、強制は事
実上無理かも知れない。ならば、よりリスクの少ない方法を考えるしか無い。
 ひとつの方法は、管理室に戻ってきたら、机の上に投げ出すことだ。それな
りの広さがあるところに置くなら、よく見えるし、見失うこともない。何かの
紙を鍵の上に置いてしまったとしても、さっきここに置いたはずだと探せば出
てくるだろう。
 鍵は必ず、即、保管ボックスに戻すのが鉄則。従って、まず担当は、それ以
外の方法は管理人には言えない。となれば、前任者が、それとなく自分のやり
方として、生活の知恵として伝えるしかない。もちろん、紙に書いて引き継ぐ
事は出来ない。
 いずれにしろ、前任者として後任管理人に引き継ぐのは、そのマンションで
の紛失の有無と対応結果のみである。

 自宅、車、誰でも鍵は不可欠だが、あくまで自分限りで、管理人になるまで
鍵管理的なことを経験していない人に、自分の鍵と他人の鍵の管理の違いを言
葉で説明するのは意外に難しいかもしれない。もちろん、それは研修担当や管
理担当の仕事だ。しかし、鍵を戻すことで作業が終わる、という単純な事をよ
ほど自覚していないと、そういう説明まではしないし、出来ないだろう。その
意味では、鍵管理の問題とは、まず管理会社、担当の問題である。紛失した管
理人をクビにすれば済むものではなく、管理会社のミスという記憶は全居住者
に焼き付けられるだろう。
 仕事というものは一連の流れとして理解、作業しなければならない。鍵、と
はそのことを象徴する。火災警報のところで触れたように、火事ですら慌てる
必要は無い。火は必ず消える。延焼30時間、というのは31時間後は消えて
いるということだ。それ以外の警報はもう言うに及ばずだろう。試しに放火す
ることはゆるされないから、幸か不幸か、場数、というのは、望めばは経験を
積めるものではない。つまり、場数の経験は有効だが、経験そのものが期待出
来ない。
 となれば、仕事の流れを、つまり、流れ、として仕事を学ぶしかない。その
ことだけを独立に取り出すのは分かりやすいけれど、流れとして物事は起きる
のだから、その理解ぬきなら、鍵、鍵、鍵と条件反射できるまでに呪文として
頭にたたき込んでいなければ、まず役に立たない。
 鍵、とは、仕事の道具にすぎない。道具だけ論じても仕事の理解は進まない。
しかし、道具を使いこなせなければ、仕事は出来ない。そういうことである。

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2012年5月14日 (月)

067 鍵の紛失のこと

 

鍵がなくなる原因はいくつもあるだろうが、落とす、ということと、しまい
忘れ、に触れておきたい。
 まず、鍵を使うのはどういうときか。施錠されているドアを開けるというの
は、ようするに、何かあるからだ。例えば、警報が鳴ったから飛んできたのだ。
そういうとき、頭の中は、開けるべきドアの内側にある機器などの状態のこと
で一杯で、鍵管理、なんて頭に入る余地は無い。パニックってたら、鍵をなく
さないように鍵に注意しているなんて不可能なことだ。鍵は差し込んだまま中
に入るかも知れない。
 つまり、持ち出して使ったところまでは覚えているが、その後の記憶が無い
場合。これは、要するに、鍵管理の問題ではなく、場数、つまり経験の問題だ。
落ち着いているかどうか、なのだ。
 落とす、とはどういうときか。たぶん、日常の巡回の時が多いと思う。警報
の出た現場へ飛んでゆくときは、鍵は握りしめているだろうから、落とすこと
はないし、落としてもすぐ気がつくはずだ。しかし、何もない平穏な日々の巡
回時は、鍵は持っていても普通のことで、改めては気にしていないだろう。だ
から、コンクリートやタイルの床で落とせば音はするから気がつくが、土の上
では聞こえないかも知れない。下が砂地だと、音がしないどころか、落とした
鍵が砂に潜ってしまうから最悪だ。ただし、巡回で歩くところはほぼ決まって
いるから、探し回って見つけられる可能性はそれなりにある。
 当たり前の話だが、鍵が落ちたとき気がつけば必ず拾う。いつどこでどうな
ったのか、全く記憶が無いから紛失なのだ。したがって、なぜ記憶が無いのか、
を考えねばならないだろう。
 記憶が無いのは気持に余裕がないから。ならば、鍵、鍵、鍵・・と頭の中で
唱えながら動けば良いのか。試してみればわかるだろうが、それが有効な紛
失防止策とも言い切れないだろう。まあ、研修担当者の中には、言い出す者が
居るかも知れないが、少なくとも、通達では防げないことは、その後も、永久
に?通達が出されることで証明されている。
 もう一度繰り返すが、鍵を持ち出すのは、何かの作業をするときだ。こんな
単純な事から始まることがポイント。
 すなわち、どんな作業も、鍵を持ち出すところから始まり、鍵を戻して終わ
る。しかし、説明は、ドアを開けたあとの作業、行動だけ。ようするに、作業
について、きちんと説明していない、と言うことになるのだ。これでは、鍵に
対する自覚がなくても当然だろう。鍵の問題だけ取り出すのではなく、仕事の
やり方、流れの理解の問題として考えるべきではないだろうか。

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2012年5月 7日 (月)

066 鍵のこと

引継に関して、最後に触れておきたいのは、鍵のことである。
 管理室には実に多くの鍵が保管されている。鍵の引き継ぎ時の確認は担当の
仕事なのだが、原則に忠実な人はまず居ない。手を着け出すと、1日では終わ
らないかも知れないからだろうか。
 まず、マンションが完工して、引き渡し時の鍵がそのまま完璧に保存されて
いる、というマンションはないと考えた方が現実的である。タワーのような規
模になると鍵の本数も半端ではない。その鍵はどこの鍵か全て把握している人
は居ないだろう。年数がたてば、担当、管理人、何回交代するか分からない。
無くならない方が不思議、と言って良い。
 なお、管理組合役員が、いくつかの鍵を持っている場合もある。しかし、管
理簿にその旨は記載されていないならば、管理人は知らないこと関わりないこ
とで良い。管理簿と現物が一致していれば良いのだ。
 さて、鍵の問題とは、言うまでも無く、紛失だ。原因は単純で、持ち出すか
らだ。しかし、鍵は持ち出さないと使えない。では、紛失は防げるのか。
 逆から考えて見よう。マンション内に鍵が落ちていることは日常のことだ。
しかし、誰のどこの鍵なのか、もちろん分からない。ドアの鍵らしいと推測で
きるとしても、全居室のドアに差し込んで確認してみる管理人は居ないはずだ。
 つまり、どこの鍵か分からなければ実害はない。したがって、マンション外
の紛失なら心配無用。もちろん、何かの目的のためにそれと特定されて盗まれ
た場合は別だが、鍵は、カード類と違って個人情報を持っていない。
 ようするに、なくすという前提で安全策を考えてはどうか、なのだ。例えば、
自信の無い人は、自分用のスペアを作れば良い。そして、どこの鍵なのかの表
示や目印を付けなければ良い。もちろん、当初の保管数には含まれないから、
落としても保管鍵数には影響しない。
 なぜならば、鍵管理とは、数の管理だから。全てオリジナルのものか、まで
の確認はしてない。その確認まで始めると、微妙で奥の深い問題になるからで、
していないし、やる予定も無い以上、立ち入る必要は無いだろう。管理会社も
藪をつつくようなことはしないはずだ。
 したがって、数の問題、というレベルにとどまる限り、対応策はあるはずだ。
 そして、鍵管理の真実こそは、引き継ぎ時に前任者が後任に言うべき唯一の
ことだ。多分、文字には出来ないだろう。クレーマーは誰か、等と言うことよ
り、遙かに重要なことで、自分のクビにも関わることだ。もちろん、鍵に関す
るマル秘の引き継ぎ事項は、ない方が良いに決まっているが、現実と言うもの
は、それほど簡単ではないのだ。

2012年4月28日 (土)

065 マル秘情報は・・

管理室での前任者との引き継ぎは5分で終わるとしても、マンション内のど
こに何があるのかということは、実際に現場まで案内しながら行うとすれば、
こちらは時間はかかる。もちろん、1日では地理はおぼえられないが、毎日巡
回するのだから、いつの間にか覚える。
 だから場所を覚えてもらうために一緒に巡回するのではない。どのくらい歩
くのか、要するに時間と体力をどのくらい使うか、これは当然個人差があり、
それだけに、言葉の説明よりも自分で歩いて実感してもらうべきだ。そのため
に一緒に回るわけである。そして、時間に余裕あるなら、しばらく管理室でコ
ーヒーでも飲みながら雑談してから、一人で回ってきてもらえば完璧。それで
引き継ぎはすべて完了する。

 さてそれでは、いわゆるクレーマーは誰かとかの、居住者に関するマル秘?
情報はどうなのか。そういう類の項目は引き継ぎの対象外、と言うのが当ブロ
グの考えである。もちろん、訊きたければ訊いて良い。
 対象外と考える理由は、相性という要素があるので必ずしも正確ではなく、
いたずらに先入観で見る方が危険と考えるからである。
 それでは、いわゆるクレーマーから何か言ってきたらどうするのか。対応の
仕方は既に述べたとおり、管理人は
無力、と言うことである。つまり、どのよ
うなクレームであろうとまず聞くことに徹することだ。これはなかなか忍耐が
必要だが、見当違い筋違いであろうと、言ってくることには必ず理由(屁理屈)
がある。まずそれを自分なりに把握するのが大事なのだ。
 もちろん、自分に責任のないことについては謝る必要は無い。会話を切らさ
ないためであろうと、申し訳ありません、の言葉は一切使わず聞くに徹する、
これはなかなかの芸だが、簡単に言えば、逃げることに徹すれば良いのだ。ク
レーマーについては、担当も知っている。だから、担当に振れば良い。つまり、
管理会社に伝えます、確認します、と言うのみである。
 どんなに攻め立てても、その返事しかしなければ、あきらめるだろう。もち
ろん、管理人として来ているのだから、個人として人間としてどう思うのか、
とたたみ込まれても答えてはならない。そういう問題はまず会社に相談するよ
う指示されています、と言うのみである。そういう問題は個人としては分かり
ません、と答えても良い。
 応対で失敗するのは、答えよう、説明しようとするからである。クレーマー
は、説明を求めているのではない。仮にそうであっても、説明は管理会社がす
べきことだ。管理人はこう言った、などという余計なネタを与えてはならない。
 応対は聞くこと、相手が言い疲れるまで聞き続けること、これは痛快な闘い
だ。クレーマーに対しては、管理人も意地悪な応対すべきだ。しかし、そこま
で教えてくれる前任者は居ない。だから、居住者についての中途半端で余計な
情報は、聞かなくて良いのである。

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2012年4月21日 (土)

064 前任者との引継 

引き継ぎの後半は、いよいよ管理人間の引き継ぎ。誰でも経験しているだろ
うが、引き継ぎは、する側もされる側も疲れるものだ。しかし、どんな現場で
も必ずあることだから、管理会社も、引き継ぎ書なるものを定めている場合が
多いと思う。では、その引き継ぎ書なるものは誰が作る、あるいは書く、のか。
まあ、前任者しか居ないだろう。当然のようだが、現場任せの結果は、レベル
がバラバラになることだ。ためしに、その引き継ぎ書に基づいて、管理会社の
担当が、ある日1日管理人業務を代行してみればすぐ分かるだろう。
 さて、当ブログの前回までの考えに基づけば、引き継ぎ書も勘違いの産物だ。
管理人間の引き継ぎは、何をするか、ではなく、どう行うか、である。繰り返
しになるが、何を、というのは管理委託契約に書かれていて、管理会社の担当
の管轄だからだ。逆に言えば、管理人に選択権は無いのだから、何を、と言う
項目を管理人に任せてはいけないのだ。管理人間で引き継ぐべきなのは、どう
行うか、なのだから、作るとすれば引き継ぎ書ではなく、作業マニュアルだろ
う。
 これも、誰もが経験しているだろうが、朝9時から夕方5時までびっしり説
明されて頭に入るのか。たぶん、家に帰って風呂に入ってさっぱりしたら、ほ
とんど忘れるだろう。いや、夕方管理室を出て、三歩歩いたらもう忘れるかも。
 実は、管理人間の引き継ぎは、そんなに根を詰める必要も意味もない。なぜ
かと言えば、説明のネタはマニュアルにあることだからだ。パソコンソフトの
分厚いマニュアルが典型だが、マニュアルとは、必要なときに必要な部分を参
照するためだけのもので、隅から隅まで読んで記憶するためのものではない。
もっと言えば、ある程度経験してから参照したとき、本当に役に立つのがマニ
ュアルというもので、初心者のためのものではない。つまり、後任者が自分の
ペースで仕事を始めてから役に立つものなのだ。事前に隅から隅まで説明する
事が、実は間違っているのだ。
 だから、やり方はここに書いてあり、このマニュアルは引き出しのここに入
っています、と言えば終わり。5分もかからないだろう。その説明を失念して
も、引き出しを見てみればすぐ分かることだ。委託契約書のコピーはここにあ
ります、とその場所を教えれば申し分無い。管理室での前任者との引き継ぎは
これで終わり。
 管理室になにがあるか、と言うことは、後任者が、引き出しやロッカーなど
の中を自分で確認すれば良い。分からなければ探す、というのは、常識だろう。
つまり、常識ある人なら説明されなくても分かることなのだから、引き継ぎは
適当で良いのだ。前任者がきちんと教えてくれなかった、等と責任転嫁や言い
訳する人は管理人稼業には向かない。

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2012年4月14日 (土)

063 コミュニケーション研修

話は脱線するかもしれないが、担当と管理人合同で、コミュニケーション研
修をした方が良いと思う。それは管理人の最初の研修時ではなく、半年或いは
一年後、つまり、ある程度業務を経験して、そしてある程度担当や居住者とや
りとりを経験してからのほうが、より効果があるだろう。理由は単純な事で、
管理人のコミュニケーションの相手は居住者などではなく、担当に決まってい
るし、逆も言えるからだ。
 相手は本音では何が言いたいのか、なんでそういうことを言ってくるのか、
それがお互いに分かるようになれば、回りくどい言い方も減り、話は分かりや
すくなるだろう。そしてお互いに、相手を手足のように使えるようになれば申
し分無い。ほとんどのことは、率直な電話の一本で済むだろう。
 そうなれば、現場の情報、状況もより正確に伝えられるだろう。もちろん、
それが目的でコミュニケーションのレベルアップを目指すわけだ。
 居住者とのコミュニケーションはそれからだ。担当、そして管理会社にうま
く伝わるかどうか分からないのに、居住者とあれこれ話しても始まらないはず
だ。言った言わない、そういうつもりで言ったんじゃない、となって、苦情や
予期しないトラブルを招いたら最悪だ。コミュニケーションの順序を間違えて
は意味が無いのだ。
 内がまとまってなければ、外に対してまともな対応が出来るわけがない、と
いうのは常識だと思う。管理人は居住者の立場に立て、もよいが、それも担当
とのコミュニケーションが出来るようになってからの話である。
 もちろん、簡単なことではない。時間がたてばいつの間にかそれなりに、と
言うことが無くはないにしても、のんびり待つのが許されるのかどうか。担当
と管理人の最初の小さな食い違いで方向がおかしくなったら、それの克服は、
どちらかが交代するまで無理かも知れない。
 念のために言えば、そこまで熱心にやるべき現場でもない、と言う判断も有
り得る。しかし、それは、コミュニケーションが無用と言うことではない。担
当が複数の現場を管理している場合、会社にとっての重要度に応じて、必要と
されるコミュニケーションは異なるかもしれない。だが、それは、頻繁に担当
と連絡するのか、必要なときのみだけ、という、頻度、回数の問題であって、
コミュニケーションそのもののレベルの問題と勘違いしてはならない。
 基準は、現場ではなく、管理人である。どのような管理人とでもコミュニケ
ーションが出来る(どのような担当ともコミュニケーションが出来る)、と言
うのが基本である。
 ただし、原則は分かっているがやはり、ということはあるだろう。そのとき
はどうするか。一口に言えば、あきらめる、だ。あきらめるのがいやなら、コ
ミュニケーションを目指すしかない。コミュニケーションは面倒で疲れるが、
あきらめることも出来ない、となると、イライラすることになるし、ストレス
はますばかり。しかし、どの道かは選ばねばならないのだ。選ぶのもいやなら、
今のままで良いが、しかし、自分の側の原因と結果だけは自覚しておかねばな
らないだろう。

2012年4月 7日 (土)

062 引き継ぎの本旨

ここまで来れば、引き継ぎはまず管理会社の担当の仕事、という論の根拠は
分かったと思う。委託契約に基づいて説明してゆくことは、委託契約のチェッ
クでもある。管理人から質問されて初めて気がついた、と言うこともあるはず
だ。現場で、現場の担当者つまり管理人と一緒にチェックするのだから、場所
確認、機器の状態の確認も出来る。なぜやらないのか不思議だ。 
 その後で、前任者から、具体的な作業の段取りや、そのマンション固有の事
情の説明を受ければよい。そういう話は、管理会社の担当にも参考になる。と
いうより、把握しておくべき事になるだろう。紙の記録に残せない、という情
報だってあるかも知れない。
 なお、前任者からの話には、もう一つの意味がある。つまり、そのマンショ
ンの居住者は、管理人の何を一番評価するか、のヒントである。一番喜ばれて
いることは何か、と訊けば、自慢半分?に教えてくれるのではないか。ただし、
本来はやらなくて良い仕事、ということもあるから要注意だし、だからこそ、
管理会社の担当同席が必要なのだ。
 それが、あるべき引き継ぎ、である。こういうやり方だと、丸1日でも終わら
ないかも知れない。それなら、2日、3日でやればよい。一人勤務で清掃兼任
でも、清掃など後からいくらも出来るから、引き継ぎ中は省いて良い。そもそ
も、年末年始休むなら、1日どころか数日清掃なしになる。清掃しないと死人
が出るわけではないだろう。。
 管理人に採用されると、本社で研修があると思う。しかし、本社での研修で
は、就業規則と有休の取り方だけでよい。現場仕事なのに本社で研修するなら、
各マンションの共通事項のみ、あるいは一般的なものしかできないだろう。そ
んな研修よりも、現場できちんと引き継ぎすれはそれで十分だ。
 したがって、本社での研修が長いほど、現場管理はいい加減、と考えて良い。
もちろん、いい加減な方が管理人は楽できるから、長い研修も、ガマンしてあ
りがたく受けねばならない。反面、現場管理がいい加減、ということは、何か
希望したり依頼してもなかなか分かってもらえない、ラチがあかない、という
ことになるから、その覚悟はしておいた方が良いかも知れない。
 余談ながら、本社研修のポイントは内容ではない。どういう場所で、誰が
担当して、どういうスタイルで何をテーマにしているのか、という会社の、研
修に対する考えの把握である。それは、会社が、現場の状況、現場仕事をどの
程度把握、理解しているかというバロメーターになる。引き継ぎも、もちろん、
同じだ。つまり、会社のレベルだが、現場で自分を守るためには、やはり、レ
ベルだけは知って置くべきだろう。

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2012年3月28日 (水)

061 委託契約書に従って・・

 管理委託契約書に書かれていることと、管理人が実際にやっていることが違
う場合、最終的な対応は管理会社の責任だが、やってないじゃ無いか、とまず
管理人にも言ってくるだろうから、管理人は、やはり一度は委託契約の管理人
業務の部分は見て置かねばならない。
 で、読んでみたら、まずいことが見つかったらどうするか。やることになっ
ているのに、実行していなかったらどうするか。やるしかないだろう。ただし、
地下ピット点検等のように、一人では危険なので禁止、と言われている場合も
ある。その場合は、会社の指示、と説明できるから、委託契約書に書かれてい
ようと、しなくて良い(してはならない)。
 或いは、やってみたら、時間的に難しい、管理室にある道具ではうまくでき
ない、ということも有り得る。こういう問題点は、実際にやってみないと分か
らないだろう。その場合は、管理会社にまず報告すればよい。管理組合や居住
者から指摘されても、いまある用具や道具ではむりなので、新しいものに変え
るとか考えてくれるよう管理会社を通じてお願いしてあるが、まだなんの返事
も無い、と答えられるだろう。
 また、具体的に何をどうするのか分からないこともある。委託契約は作業マ
ニュアルではないから、分かり難いのもやむを得ない。この場合も、管理会社
に問い合わせねばならない。訊いてみたら、自分の予想と違っていることもあ
る。なんだ、そういうことか、そんな程度か、ということもある。確認さえし
ておけば、居住者に言われても、こういう意味だと指示されている、と答えら
れる。
 どんな現場でも、委託契約と現実の作業のずれは必ずある。そんなこともや
るなんて知らなかった、引き継ぎ無かった、というのが普通だろう。しかし、
やることになっている仕事は、やはりやらなければならない。
 逆から言えば、委託契約にないことは、やらなくて良い、ということだ。前
任者がしていた、ということは、なんの意味もないのだ。ただし、やるべき事
をやっていなければ、やらなくて良いことは断れないだろう。やるべきことを
やっていないので、やらなくても良いこともやらざるを得ないのか、その関係
は微妙だが、やるべき事とやらなくて良いことは、委託契約と表裏一体なのは
分かると思う。委託契約を見て初めて、やらなくて良いことが分かるわけだ。
委託契約は、管理人にとっても重要であり、こういう当たり前のことは、真っ
先に確認しなければならない。委託契約を見ておくのは、自分を守るためなの
である。

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2012年3月21日 (水)

060 ミスの一因

 管理委託契約書で、なぜ定期点検や管理人業務についての文言などにミスが
あるのか。原因はいろいろ考えられるが、その一つは、管理会社自身が行うも
のではないから、ということが考えられる。
 つまり、管理費の管理や日常の管理事務は、当然、管理会社の事務所でなさ
れる。全てをそのマンション担当者がするわけではなく、事務担当の女性など
に頼むとしても、同じ事務所内のはずだ。書類や報告書については、上司のチ
ェックもあるから、自分でも見直しているだろう。 
 しかし、定期点検は現場で別の会社の人間が行うのがふつう。管理人は別会
社の人間ではないとしても、契約社員であり、用のあるとき現場に行って会う
だけとすれば、別の会社の人と同じようなものだ。ようするに、現場の仕事は、
自社の、自分の仕事という自覚が持ちにくいのだ。当然、チェックも、他人の
仕事、のレベルになるだろう。
 別の言い方をすれば、業者や管理人の仕事は事務ではない。しかし、報告書
は書く。そしてその報告書に特に問題が見つからなければ、それでおわり。つ
まり、担当者の感覚では、点検も管理人業務も、報告書のチェックという事務
の仕事なのだ。そして残念ながら、書式の確認だけで、報告書と委託契約書と
のつじつままではチェックされない。もっといえば、管理会社の担当は、いく
つのマンションを受け持とうが、会社の事務所で仕事をするだけだ。まあ、管
理会社とは、マンション管理事務の代行会社だから、当然と言えば当然なのか
も知れない。
 自分がやらないのだから、分からなくても当然、とまで言っていいかどうか
は保留するが、人の仕事に関する部分であれば、委託契約書のその部分の見直
しやチェックが甘くなる可能性はあるだろう。
 しかし、実はそれは居住者には一番見える部分なのだ。法契約としては、管
理組合の通帳の取り扱いは重要なことだが、管理組合の理事長でない居住者は、
管理組合の通帳なんて見たこともないだろうし、存在すら知らないかも知れな
い。ここで、管理会社や担当が、勘違いするのだ。
 管理主任者の資格試験には、使用者責任、と言う項目が出ると思う。だから、
勉強しているはずだから、まさしく資格試験とは取るまでのこと、と言う実例
になるのではないか。管理人業務は、実は、担当が自分ではやらない仕事とい
う事実が一番重要なのだ。トラブルはどういう事例が多いのか、のど元過ぎれ
は熱さを忘れる、の見本なら困ったことだ。自分の時起きなければいいのだろ
うか。マンション管理とは、そのとき担当しているかどうかの運に左右される
仕事、と言うことなのだろうか。

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2012年3月14日 (水)

059 法契約の意味 

 

管理委託契約書は、契約書だから、管理組合と管理会社が、これでいい、と
捺印すれば確定する。そして、それ以後は契約履行だけの問題になる。
 したがって、ある作業を月1回行う、と明記されているのに、年1回しかし
なければ、もちろん契約違反になる。年1回、と表示するところを間違えて月
1回としてしまった、ということはもう通らない。管理会社も署名捺印してい
るし、だいいち、契約書自体、管理会社が作成したものではないか、と言われ
たら反論は難しい。
たとえ内容に間違いがあっても、それで良い、と双方が合意したのだから、そ
の時点で、間違いも間違いでなくなる。つまり、委託契約書というのは、実は
常に完璧なのだ。この事実は、きわめて重要で、場合によっては、会社を揺る
がすことになりかねないのだ。 
 委託契約書と照らし合わされて不履行を指摘され、管理委託費の減額や、払
い戻しを求められて応じざるを得なかった事例が、実際に発生している。もち
ろん、管理会社は、そのような事例は公表しない。しかし、今後、増えること
はあっても減ることはないだろう。定年になって暇になり、生活にも余裕があ
って法律などに関心ある人が、管理契約を精読すれば、ボロはすぐ見つかる。
まあ、いわゆる過払い金取り戻しのように、直接居住者にまで払い戻されない
だろうから、やる気は起きないかも知れない。それに、組合が動いてくれるか、
誰が交渉するか、等と考えると結構面倒だし。まあ、うまく行けば、大規模修
繕も全額管理会社負担でできるかもしれないのに、だ。
 それならば、管理会社のほうで先に問題点を見つければよいのか。居住者や
管理組合に指摘されるよりはましかも知れないが、同じだろう。問題は、いつ
どこで訂正するか、になる。管理人には関係ないことだから、高みの見物でも
良いが、ノータッチがベストだろう。
 総会の時に説明して訂正するのが筋だが、突っ込んでくる居住者が居るとき
の対応まで考えるとそれほど簡単ではないかも。こっそり訂正するのが一番か
も知れないが、バレたときどう説明するか。管理会社と管理組合の間がうまく
いっているときなら出来るかも知れない。しかし、何かでもめている、などと
いうときは、火に油を注ぐ事になりかねない。どのみち、トラブルは覚悟する
しかないのだ。
 すなわち、委託契約書はいかに重要か、ということで、管理会社も担当もあ
まりに能天気すぎるが、まあ、自分が担当しているとき表沙汰にならなければ
よいのかも知れない。気にし始めたら、夜も安心して眠れなくなるだろうから。

2012年3月 7日 (水)

058 いよいよ委託契約

 

担当が管理人に話すべき事として、会社の考え、管理人の無力の確認につい
て述べたが、その次は、いよいよ管理委託契約だ。いうまでもなく、管理人業
務について定められている。しかし、分量からすれば、管理人に関する部分は
それほど多くはないだろう。ここで考えるのは、もちろん管理人に関する部分
だけだ。
 まず、管理委託契約というものを外側から見てみよう。読んでおもしろいも
のではないし、精読することは皆無だろうが、すぐ分かるのは、管理士、管理
主任者の視点で書かれていることだ。もちろん、当然ではある。しかし、管理
費などの扱いに関する部分ならともかく、管理人業務も、管理主任者の視点だ
けでよいのか、という疑問が起きる。それは、管理人の立場に立て、という意
味ではない。法律論ではなく、運用の部分ではないのか、と言う意味だ。
 委託契約書は法律に基づく文書だが、作成作業そのものは、法とは無関係な
事務作業だ。事務は、今はパソコンだ。基本的な何通りかのひな形を物件に合
わせて修正してゆくわけで、パソコンによる文書作成の普通のパターンだろう。
そうなると、そのマンションの担当ではなく、事務部門が作成しているかも知
れないし、事務となると、社員ではなく、どこからかの派遣社員や事務パート
さんが作業するかも知れない。
 さて、パソコン使用者なら全ての人が経験していることだが、パソコンゆえ
のミスが発生する。まず文字の変換ミス。そして、コピーや貼り付け範囲のミ
ス。修正漏れ、修正ミス。これが必ずある。
 変換ミスは、ある意味ではわかりやすい。しかし、たとえば、定期点検のサ
イクルで、年一回、というところが、月一回、となっていたとする。ほとんど
の作業は月一回で一つだけ年一回という場合、一括でコピーするとミスが発生
する。こういう場合は、作成作業者ではミスであることが分からないだろう。
作業者は、内容を理解した上で文書作成作業するわけではないからだ。いうま
でもなく、そのマンション担当でないと分からない。
 ところが、ミスが残っている場合がある。確認やチェックがいいかげん、と
いうことなのだが、ふしぎなことに、現実には実害はない。実際の作業発注は
年1回しか行われない。管理会社も、業者も作業サイクルは熟知しているから
だ。
 すなわち、区分所有法や適正化法とのつじつま、というチェックしかなされ
ないために、管理人業務、点検管理業務の実際の運用はどうなのか、というチ
ェックが抜けてミスが残る。おまけに、それらは何年もほとんど変更は無い。
管理人業務など、10年1日のごとし、と管理会社は思っているかも知れない。
したがって、運用は、経験に基づいてなされる。今回も変更は無い、ならば、
去年と同じで良い。誠に気楽な話だ。しかし、それはミスもご愛敬、ではない。
そんな能天気なことではないから以下、論じるのだ。

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2012年2月28日 (火)

057 担当の確認事項

引き継ぎの時、担当が管理人に伝えるべき事は、会社の方針のほかに、もう
ひとつある。それは、伝える、と言うより、確認と言うべきかも知れないが、

管理人は無力、という鉄則である。
 すなわち、居住者から新たな注文、要望(要求)があったとき、管理組合や
管理会社(担当)からOKが無ければ出来ない、と言うことだ。これは、やる
気のある管理人にクギを刺すように聞こえるかも知れないが、まず管理組合や
管理会社に確認します、と逃げてください、という鉄則の確認なのである。
 即答する方が信頼されるように思えるかも知れないが、断らざるを得ない場
合を考えれば、即答より会社に確認してから断る方が、遙かに断りやすいし、
角も立たないし、誤解も防げる。いつも、まず管理組合が、管理会社が、と言
うと、逃げているように聞こえるというなら、何事にも順序がある、と言えば
良い。納得出来ない居住者には、直接管理組合や管理会社に言っていただいた
方が早いかも、と付け加えて良い。
 重要なのは、無力であることと信頼されることは決して矛盾しないことだ。
長い目で見れば、むしろ、無力である方が信頼されるだろう。
 担当は、会社の方針(ようするに、会社の本音)は、いきなりは言えないか
も知れない。しかし、それならばなおのこと、管理人は無力、の確認は必要だ。
 現実としては、近いことは担当も言うと思う。曰く、「俺に(私に)連絡す
る前に進めないでくれ」等々。しかしこれでは逆効果になりかねない。
 ポイントは、するな、ではなく、逃げてください、である。つまり、動くな、
ではなく、まず居住者の要望という土俵から逃げるという形で動いてください、
なのだ。そこまで言わないと、誤解されて意味が逆になりかねない。
 繰り返せば、管理会社に確認するという行動として動け、なのだ。要望に直
接応えるという行動とは違っても、動けば、居住者は、対応していると認めて
くれるはずだ。したがって、担当や組合の返事は分かっていても、確認を繰り
返して良い。なお、繰り返す事には別の意味もあるが、それはここでは触れな
い。
 念のために言えば、無力とは無能のことではない。無能な管理人は、無力に
徹しきれず、有能を目指すかも知れないが、そのときのツケは全て自分一人で
払わねばならない。無能に徹するのは、実は積極的、前向きなことで、あるべ
き管理・管理人の絶体の前提と考えている。それについては、いずれ、改めて
述べることとしたい。 

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2012年2月21日 (火)

056 会社の考え

管理会社の担当者(以下、単に、担当、と略記)は、まず会社の考えを説明
すべきだが、それは、管理会社の理念や社長の訓示の内容などではない。その
マンションは、管理組合との管理委託契約を死守したいのか、切りたいのか、
と言う話のことだ。もちろん、大切な物件の時は、注意事項として言うと思う。
では、何も言わないときはどうなのか、である。何も言わないのは、普通の物
件、と言うことだろうが、言ってくれなければ、こちらから訊くまでのこと。
 そのとき大事なのは、会社(要するに、上司、所長、支店長等)と担当との
ズレだ。会社は死守と言うが、担当は、もう手に負えない、やってられない、
と思っているかも知れない。逆に、会社は切りたいが、担当は、まだ何とかな
るかも、と思っている場合だって無くはないだろう。もちろん、こういう微妙
なことを、引き継ぎ時、ほぼ初対面に等しい管理人に話すわけはない。
 まあ、引き継ぎ時に聞けなくても、半年、一年たてば、何となくは分かるだ
ろうが、最初に訊くと、なぜそんなこと訊くのか、と逆に詰問されるかもしれ
ない。訊く理由は、それで管理人としての考えが決まるからだ。担当は、うっ
かり言って管理人のやる気を失わせたら大変、と考えるから、やはりすぐには
言えないかも知れないが。
 それでは、実は切りたい、と言われたらどうするか。見習い人は大喜びする。
なぜなら遠慮無くやりたいように出来るわけだから。新人のトレーニングには
最高の現場だ。そして、苦情の嵐と成り、契約打ち切りになったら、会社は実
は大喜び。切りたい物件であっても、会社からは切りにくいので、管理組合に
言わせたいわけだから、まさにそれが実現できるというものだ。もし、間違っ
て評価が逆転して継続になるなら、管理費の値上げが言いやすくなる。どちら
に転んでも、会社は喜ぶん。悪いけどあなたの着任したこの現場は切りたい
現場なんだ、と告げられても、逆にやる気になるタイプも居るのだ。だからこ
そ、訊く理由として、自分の考えはハッキリ言わねばならないわけである。
 そこまでは、というなら、楽してのんびりやりたい、でも良い。今更何かし
ても始まらないから、お互い、細かいこと、堅いこと言わずに、のんびり行こ
う、と担当と管理人が意気投合するかも知れない。それはそれで一つの働き方
だろう。
 さて、重要物件だと、そうは行かない。苦情には、会社はピリピリしている
はずだ。居住者の誤解や勘違いの時でも、対応がへただと、さらに苦情を呼び
かねない。どちらが気楽なのか、もう言う必要も無いだろう。

2012年2月14日 (火)

055 いよいよ引き継ぎ

 

いよいよ引き継ぎだが、最初に結論から言うと、引き継ぎは、完全に勘違い
されている。
 管理組合は管理会社と管理委託契約を結び、管理人の業務もそれに基づいて
いるが、読んでも具体的に毎日どう動けばよいのかイメージ出来ないだろう。
委託契約は作業マニュアルではないからだ。
 それ以前の話かも知れないが、実は、常に最新の委託契約のコピーが管理室
に備わっているのかどうか、疑わしい現場もあるようだ。
 いずれにしろ、委託契約は、会社と組合の間。つまり、最初にすべきことは、
管理会社の担当が、契約の内容と重点項目、会社の考えを説明することだろう。
しかし、しないどころか、引き継ぎ時に顔を出さない担当者も居るのが現実だ。
 つまり、簡単に言うと、引き継ぎ項目は、仕事の範囲と仕事の手順なのだが、
それが混同、勘違いされているのだ。
 仕事の範囲とは、委託契約の問題で、前任者がどんな業務をしていたか、で
はない。したがって、説明は管理会社の担当の責任範囲だ。
  仕事の手順とは、その仕事はどう段取りしてどうやるのか、であり、前任者
に説明してもらうべきことだ(もちろん、その通り受け継ぐべきかどうかは別
の話で、どのみち、自分流のやり方になるだろう)。
 もう言うまでも無いだろうが、引き継ぎとして行われているのは、管理人間
での説明だけだ。現場のことは現場でないと分からない、という大義名分は一
見もっともだ。しかし、実は管理会社の担当は、現場のことを完全に把握でき
ていないという後ろめたさがあるから、それを口実に逃げているわけで、委託
契約の説明は、オーバーに言えば法律の話で、現場の把握とは別の次元なのだ
が、管理会社自体がそこで勘違いしているのだ。
 引き継ぎを管理人に丸投げするのは、苦情、の問題もあるだろう。管理会社
が嫌うのは言うまでも無く、苦情。つまり、前任者と同じにやってくれるのが
一番無難、と言うわけだ。
 苦情の原因は、誤解もあるが、居住者の希望通りにならないことによる。居
住者の希望は、レベルも内容も根拠も千差万別だが、明らかなことは、管理委
託契約とは次元が違うことだ。簡単に言えば、居住者は、委託契約がどうだろ
うと、希望通りでなければ必ず一言は言う。それへの対応は、普通は管理人だ。
それらの経験は、そのマンション固有の問題として引き継ぐことになるかも知
れない。しかし、それも実は違う問題だ。乱暴に言えば、相性の問題に過ぎない。
 つまり、仕事の範囲、仕事のやり方、応対、全て別々の次元の話。しかし、
担うのは、おなじ管理人。これが勘違いの基だ。勘違いはいずれ、いつか、問
題を起こす。だからこそ、引き継ぎは原則に従って、とまず言っておきたい。

2012年2月 7日 (火)

054 当ブログの立場

 

マンションについて考えるというのは、もちろん、管理人という立場からで
ある。したがって、立場にこだわらずに、高所からマンション・管理・管理人
について論じるものではないから、例えば、大規模マンション・タワーマンシ
ョンには該当しない考え、不適切な論となることも有り得るが、そのときは無
視してもらえば良い。知識経験が豊かな管理人が、どこかのブログで大規模或
いはタワーマンションについて論じてくれればよいのであり、そのあとで誰か
が総合して、一般理論を作り上げてくれることをひそかにかに期待したい。
 繰り返しだが、当ブログの前提としているマンションは以下のようなものだ。
  管理人は一人勤務であること。
  居住者の、顔と名前と号室(場所)を把握していること。
この場合、規模は中以下となると思う。ただし、中規模と言うべき基準につい
て、見習い人には数字基準はないが、見習い人の現場は60世帯だから、最大
限、80以下だろうと考えている。記憶力が衰え始めている普通の高年の管理人
、となればその辺が良いところではないかと思う。ただし、学問的な根拠はな
い。当ブログは、そういう現場を想定しながら、あるべき中(小)規模マンシ
ョン、その管理・管理人、をテーマにするのであるが、全て見習い人に思い浮か
んだままのことである。当ブログは何かの研究を目指すものではないので、マ
ンション関係の専門書や管理士等の専門家の論は何ひとつ参考にしているもの
でないことも付け加えておきたい。。
 もう一つ言えば、マンションという住まいは中規模の建物がベスト、と考え
るからだが、これも、見習い人の直感にすぎず、理論に基づく根拠はない。強
いて言えば、居住者が望むような、きめ細かい対応は、最低限、顔と名前と号
室を把握していないと無理で、その意味で、中規模以下の建物がベスト、と考
えるわけだ。100年待てば、居住者も、いずれそのことに気がつくだろう。
 ひきつづき根拠のない独断になるが、中規模マンションと、大規模・タワー
マンションは、いずれ別々の方向に進んでゆくのではないか。共通点が少なく
なる、ということの意味をそう考えておきたい。管理会社も、地区或いは担当
物件数を基準にした単純な管理体制を見直している、と聞く。
 いずれにしろ、マンションについて考え、論じる時、お互いが無意識のうち
に前提としている規模を確認しておかないと、一番大事なときに話がおかしく
なるかも知れない。いま、マンション関連業界は、そういうところに来ている
と思う。
 規模が違うと、管理人の仕事が具体的にどう違ってゆくか、の具体例につい
ては、必要な都度ふれる程度にとどめておきたい。それなりに意味のあるテー
マとしても、本ブログの目的とは微妙に、しかし決定的に違うからだ。以上が
出発点である。

2012年1月28日 (土)

053 規模のこと

 管理人が管理室で一番先にすることは、もちろん引き継ぎであろう。という
ことで、次に、引き継ぎについて考えてゆくが、その前に、もう一度、考える
前提について確認しておきたい。

 すなわち、一口にマンションというが、50階建て1000世帯のものと、
5階建て20世帯とでは、立地、構造、設備、管理形態、配置人数、全て異な
り、共通点は無いと考える方が現実的だろう。居住者についても、1000世
帯となると、特徴を一口に言うのは不可能だと思う。
 従って、本ブログでの前提を言うと、まず、管理人は一人勤務ということ。
管理人は一人だが、清掃担当者が別にに配置されている、という現場も含む。
勤務時間が変形のため、配置は複数だが、交代制で、管理人としては常に一人
勤務という現場もある。
 一人勤務と言うことは規模としても中規模以下となる。新築マンションは全
てタワーではないから、中低層階タイプもあるわけだが、建築年代によって、
セキュリティ関係はかなり異なる。つまり、建築年代が古いと、いわゆるオー
トロックなどはないかも知れない。セキュリティについて論じる予定は無いが、
新築ではなく、築10年以上を想定している。やはり、10年は住んでいない
と、問題も変化もつかみにくいと思うからだ。
 別な基準で言えば、管理人が、居住者の名前と号室を全部把握できるか、で
ある。当然限度はあるだろう。つまり、把握できる規模、というのが前提なの
である。もちろん、完全には無理だが、世帯主夫婦は把握している、という程
度は基準にしたい。
 その意味では、50階建てなどは、マンションではない。正確に言えば、マ
ンションという規模ではない。もちろん、タワーには考えるべき問題はいくら
でもあるだろう。しかし、本ブログでは対象外、ということだ。
 マンションというものの将来を考えるとき、最終的には中低層に回帰すると
思う。タワーでは、いずれ手に負えなくなる。住み続ける、というのは、実は、
とても大変なことなのだから。マンションの劣化、居住者の生活の変化、災害、
そのときタワーはどうなのか。そういうことが明らかになるのは100年後か
も知れない。しかし、そういうことを乗り越えないと、マンションというもの
は定着しないだろう。マンション、というものが本当に定着するのは300年
後でも良いのだ。そういう考え方も、本ブログのそこに流れている前提、と付
け加えておきたい。 

2012年1月21日 (土)

052 公私、のまとめ

ここで今まで考えてきた、公と私、とは、管理委託契約からのズレの問題で、
いわゆる常識とかモラルのことではない。委託契約を自覚していなければ、ズ
レも自覚出来ない、そのことだけだ。管理人としては、ズレをある程度認める
方がスムースに進むから、ということもある。
 そしてそれは、管理組合や居住者の無理をいかに断り、かつ、自分はなるべ
くやりたいようにやる為にはどう振る舞えばよいか、という切実な作戦の話な
のだ。
 基本は、相手にルールを守らせるためには、自分がルールから外れることす
るのを見せてはならない事だ。テクニックとしては常識かもしれない。ポイン
トは、してはならない、ではなく、見せてはならない、である。ここを間違え
てはならない。誤解を恐れずに言えば、ルールとは、自分が守るものではなく、
相手に守らせるもの。政治、権力闘争の世界では普通の発想だろう。すなわち、
委託契約はまず管理組合、居住者が守るべきものとなる。
 具体的には、委託契約を楯にして、書いてないことはしない、断る、という
ことだ。そしてそれは、別に、ストレートに振る舞わなくても出来る(もちろ
ん、大上段に断っても良い)。
 例えば、隣の居住者が夜中にベランダでなんかやっているがやめさせろ、と
言ってきたとしよう。まず、前提は、苦情処理は委託契約には含まれていない、
ということ。したがって、対応は簡単。管理会社の担当に伝えます、と答える。
それ以外はあり得ない。 
 苦情を言ってくるとき、相手は興奮していることが多いが、剣幕に負けて、
やらなくても良いこと(やってはならないこと)を約束してはならない。なぜ
なら、約束する権限も義務も無いからだ。
 委託契約に無いのだから、苦情への対応の基本は門前払いだ。誤解を恐れず
に言えば、まじめに応対するべき事ではない。別な言い方をするなら、個人と
して考え、対応してはならない。マンション内のトラブルという公の問題なの
で、つまり、管理会社・管理組合が対応すべきなので、私、を忍び込ませては
ならないのだ。
 管理会社に伝える、というだけの返事に相手は満足しないかも知れない。そ
のときは、独断は禁止されているから、と答えればよい。こういう時の応対の
ポイントは、相手が期待している返事をすることではなく、出来ることしか答
えない、ということだ。答えない、出来ない理由の説明は不要。しても良いが、
興奮していると通じないだろう。説明するとすれば、まず管理会社に伝え、指
示を受けてから、という対応手順のみで、自分の考えではない。もっと言えば、
苦情は、聞く、という対応だけなのだ。
 公、の中に、私、を入れるとどうなるか。苦しむことになるのは、私、だけ、
になる。

2012年1月14日 (土)

051 公私、のつづき

 

例えば、エントランスの周囲、或いは中庭に空きスペースがあるとしよう。
何もないと淋しいので、管理人が水仙の球根を植えてみる。春になり、黄色ま
たは白の花が咲くと、みんな、きれい、かわいい、良い香り、と言ってくれて
感心する。もちろん、管理人にケチ付ける人はいない。
 しかし、それは全居住者が認めていることにはならない。きれい、かわいい、
良い香り、と言う楽しみを覆せないからに過ぎない。
 問題は単純なことで、エントランス周囲はもちろん、中庭も、管理人の個人
的な庭ではない、と言うことだ。
 おそらく、球根代、或いは肥料代はほとんど管理人のポケットマネーだ。従
って、誰にも負担かけては居ない。ポケットマネーで、良かれ、と思うことを
しただけだ。それなのに、管理人は自分の家の庭と勘違いしてるんじゃないか、
等という言い方されたら、目も当てられないが、現実とはそういうものだ。
 何もないと淋しい、水仙はかわいくてきれいで香りも良い、ということと、
管理人が自由に庭いじりして良いと言うことは結びつかない。管理組合理事長
の了解を得て、と言う手続きが無いために裏目になったとしても、それだけの
原因ではない。そして、頼まなくてもここまでしてくれるなら、もっと仕事を
頼んで良いはずだ、となったら最悪。
 つまり、個人として良かれと思う、と言うことがまずいのだ。管理人として、
の中に、個人としての考えでの行動が混ざる。これがまさに、公私混同になる
のだ。前回のボランティアにしろ、球根・肥料代にしろ、管理人に持ち出しで
はあっても利得はない。それが、普通に言われるときの公私混同とは逆になっ
ている。そのため、管理人としてではなく、個人としてであることを、管理人
自身が忘れてしまうのかも知れない。
 余談のついでに言うと、植栽管理は要注意の分野だ。苦手の人は最低限度の
作業しかしないから多分大丈夫だが、なまじっか庭いじりの好きな人は危険だ。
まず、自分の家の庭とは広さが違うからやりがいがある。植物は居住者みたい
に文句は言わないし、手間かけて世話すれば、花の咲き方が違う、枝振りと葉
のつやが違う、と言うように、ちゃんと応えてくれる。恩知らずなのは人間だ
けなのだ。そうなったら、もう限度は簡単に超えてしまう。薄暗い管理室より、
明るい太陽の下の方が健康的なのは言うまでも無い。
 委託契約では、植栽管理に関することは、除草と散水のふたつ、四文字しか
ないはずだ。基本は業者。もちろん、昨今の業者のレベル低下は明らかだし、
時間的にも細かいところはかなり残るが、それは最終的にはいくらカネかける
かの問題で、それこそ管理人が口を出せないところ。したがって、手も出せな
いのが本当だ。理事長に了解得た、と言うのも、実はあまり役に立たない。理
事長が反対するわけ無いのは分かっているはずだから。
 公私、とは、こういうことも考えねばならないのだ

2012年1月 7日 (土)

050 公私混同、について

 話は大幅に脱線するかも知れないが、私物、ということから、公私混同、と
言うことに触れておきたい。携帯が普通の今はなくなったかも知れないが、会
社の電話を私用に使うことがまず一般的な公私混同のはじまりだろう(管理室
のFAXを私用で使うことはいまも続いているはずだ)。
 ここでは、違う視点で考えてみる。簡単に言えば、管理人として来ているの
であって、個人として来ているわけではない、と言うことだ。したがって、個
人として行動することは公私混同になる、という考え方だ。実例をもとにして
考えて見よう。
 多分PTAの役員をしているのだろうが、ある居住者(小学生の子供を持つ
お母さん)が、子供達の下校時間帯は管理室に居てください、と言ってきた。
子供達が何らかの理由で駆け込んできたり、何かあったときすぐ対応出来るよ
うに、と言うことだろう。前任者は承諾したらしいが、実際にいままで子供達
に何かの対応をしたという話はない。
 もちろん、見習い人は断った。管理人の仕事ではないし、委託契約にも書か
れていない。管理人は子供達の下校時の安全のために来ているわけでもない。
 じつは、管理人の業務でないことは、そのお母さんも分かっているのだ。つ
まり、管理人としてではなく、個人として、という要請なのだ。ようするに、
ボランティア活動してください、という事なのだ。
 もうすこし一般的な事例では、何かやりとりしているとき(或いは、やり合
っているとき)、要望に応じないこちらに業を煮やして、個人としてアンタは
どう思うのか、と突っ込んでくる場合を考えて見ればハッキリする。子供達に
何かがあっても良いと言うのか、である。
 対応は単純。管理人として来ているだけなので、個人、という土俵には乗ら
ないことだ(乗ってはいけない)。この場合、半ば承知で公私混同しているの
は、もちろん、お母さんの方だが、応じると、管理人も同様になる、と言う意
味だ。
 個人の考えを述べる必要は無い。個人として来ているわけではないから、個
人としての考えを話すことは全てお断りする、と言わねばならない。まあ、そ
こまで言わず、まず管理会社と管理組合に話してください、と言うのが無難だ
ろうが。
 いずれにしろ、ここでいう公私混同とは、管理人としての日常のなかに、個
人としての行動を持ち込むことだ。
 私用電話というのは、自分が払うべき電話代を会社負担に押しつけるから、
いわば不当利得になり、究極的には犯罪だから許されない。
 ここで見たように、公私混同は、ほとんど居住者側から始まるが、管理人が
応じると、居住者の公私混同を認めることに成り、それが前例としてつもり重
なると、管理人の仕事がゆがめられ、自分で自分の首を絞めることになるから、
応じてはならない、という論である。
 公私混同は悪い、という、一般常識的な話ではない。もう少し違う例で考え
てゆくが、結論を先に言えば、イザと言うときの対応に自信があるなら、管理
会社が了解したときボランティアするのは勝手であり、私用電話のように、常
に禁止というものではない。

2011年12月28日 (水)

049 私物の意味

 管理人の私物には、実はもう少し深い意味がある。余談になるが、私物の内
容はその人を表す、つまり、その管理人がどういう人か知りたければ、管理室
に置いてある私物を見ればよい。もちろん、私物だから見せないはずだが、よ
うは、私物は管理人そのものということだ。  
 それはともかく、ここでの本論は、まず第一に、私物の置き場がないとすれ
ば、それは管理人が人間扱いされていないことを示している、と言いたい。も
ちろん、管理室のスペース自体が限られているから、場所を決めたとき、ここ
に収まる程度にしてくれ、で良い。
 マンションとは人が住んでいる場所。従って、自分も勤務現場のマンション
に住んでいるような気持になるくらい愛着あれば理想だが、そこまで望むのは
無理かも知れない(ただしそれは、住み込み方式がベスト、という意味ではな
い。それも別の話だ)。そうなるためには、管理人の私物の存在を認め、置き
場所を認めるべきだ。私物を認めないと言うことは、管理人を人として認めな
いことだ。人として認められていない管理人が、住んでいる人のために、本心
から仕事出来るわけはないだろう、という結論になる。
 私物置き場の第二の意味は、好き勝手においてはいけない、ということだ。
管理人の私物を認めると言っても、無制限、無条件ではない。管理室にあるも
のは、管理組合のもの、管理会社のもの、管理人個人のもの、このいずれかで
ある。すなわち、私物の置き場を認める本当の意味は、この三者を完全に分け
て管理、扱え、と言うことなのだ。
 もちろん、現実の作業では、自由に使って良い。分けて管理というのは、管
理組合、会社、管理人、それぞれの分担範囲や境目を確認するためで、守備範
囲や境目は、言葉で説明することができるが、もの、と言うものは目に見える
からわかりやすいし、使った後どこに置くか、ということは、日々、三者の境
目を確認することでもある。ゴミの分別ように、はっきり分かるように別々に
することが理想だ。シール、ラベルで区別という方法もある。
 つまり、だれが見ても、組合、会社、管理人の違いと言うことに気がついて
くれればよいのだ。管理室に入ったとき、それらがきちんと区別されて配置さ
れているのが分かれば、管理会社と管理人のレベルに、誰もが感心すると思う。
もちろん、それは理想であって、それを具体化するのは難しいかも知れない。
しかし、あえて、理想はそういうことだ、と言っておきたい。
 さしあたりは、何か頼まれたとき、それは管理人の仕事なのか、会社か組合
か、とまず考える習慣を身につけるのが身近な目的で、それでよいのだが、そ
れはものの分別管理のように、目に見える形にしておきたい。そのためには、
管理人の私物の置き場を設けること、を手がかりにして始めればよい、と言い
たいわけである。

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